アンデルセンの赤い靴は現代社会の足枷?     筆文字千日修行 114日目

昔話
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アンデルセンの赤い靴の恐怖考えさせられる。

筆文字千日修行 114日目

幼いころ読んで

気になって仕方ない話でした。

赤い靴を履いてしまったのがなぜ悪いのか?

やりたいことをしたらダメなの?

なんて最後は悲しいの?

あなたはどう感じますか?

 

 

「懺悔の祈り」

 

 

赤い靴

アンデルセンの童話です。

あまりのも残酷な話なので

子供向きにの話ではないですね。

何故か幼いころ母が読んでくれて

終わりは覚えてなかったんですが

踊り狂うさまが情景として

脳裏にイメージとして今でも焼き付いています。

 

私のとって、インパクトの強い話だったようです。

 

あらすじ

Wikipediaより

貧しい少女カーレンは、ずっと病気だった母親と二人っきり。ある日、靴を持たない彼女は足に怪我をしたところを靴屋のおかみさんに助けられ、赤い靴を作ってもらう。その直後、看病も虚しく母親は死んでしまった。孤児のカーレンは母親の葬儀に赤い靴を履いて出席し、それを見咎めた老婦人は彼女の境遇に同情して養女にした。

老婦人のもとで育てられたカーレンは、町一番の美しい娘に成長した。ある日、靴屋の店先に綺麗な赤い靴を見つけたカーレンは、老婦人の目を盗んで買ってしまう。戒律上、無彩色の服装で出席しなければならない教会にもその赤い靴を履いて行き、老婦人にたしなめられる。それでもカーレンは教会に赤い靴を履いていく。老婦人が死の床についているときにさえ、カーレンはその靴を履いて舞踏会に出かけてしまう。すると不思議なことにカーレンの足は勝手に踊り続け、靴を脱ぐことも出来なくなる。カーレンは死ぬまで踊り続ける呪いをかけられたのだった。

夜も昼もカーレンは踊り続けなくてはならなかった。カーレンが看病しなかったばかりに亡くなった老婦人の葬儀にも出席できず、身も心も疲弊してしまう。呪いを免れるため首斬り役人に懇願して両足首を切断してもらう。すると切り離された両足と赤い靴はカーレンを置いて、踊りながら遠くへ去っていった。

義足を作ってもらったカーレンはこれまでの自分を恥じ、不自由な体で教会に住み込みで慈善活動に励む毎日を送る。孤児やシスターから厚い信頼を受けながら、カーレンは充実した毎日を送る。 引き取ってくれたにも関わらず老婦人へ恩返しができなかった懺悔の祈りを捧げていたある日、眼の前に天使が現れ、罪を赦されたことを知ったカーレンは、天へ召されていった。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E3%81%84%E9%9D%B4_(%E7%AB%A5%E8%A9%B1)

 

少女の両足首が切断されて

両足首だけ踊ってるまでは絵本にありました。

両足首が踊ってる情景が不思議だったんだろうね。

その後に展開も想像しないくらいの

強烈な印象だったです。

 

幼かった私は

赤い靴を履くと踊りだすことに心が夢中だったんですねw

 

アンデルセンの意図は?

主人公のカーレンはアンデルセンの仲の悪い異腹の姉から

名づけられたようです。

アンデルセンの父親は靴やさんで

姉に父からプレゼントした赤い靴に文句を言ったことの

記憶から書いたともいわれてます。

 

相当、異腹の姉が嫌いだったとしか思えません。

童話にして恨みを晴らしているアンデルセンに

人間臭さを感じますね。

 

その当時は教会の決まりは絶対でしたから

礼拝に赤い靴を履いていくなど信じられないことです。

今でも黒い恰好が当たり前ですけどね。。

 

育ての親を見捨てて踊り狂ってる

気が狂った少女には

誰も近づきたいわけないです。

罪を犯した者に関わりたくないのは

今も昔も同じです。

 

しかし、何が罪だったのか。。。。

黒い靴を履くべきところに赤い靴を履いていったことが罪なのか。

赤い靴を履いてはいけないという約束を守らないのが罪なのか。

それなら赤い靴を処分しておいてよ!

 

現代には当てはまらない常識もたくさん存在してるので

違和感感じますね。

 

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常識と罪

とても魅力があるが、1度は履いたら2度と脱げない。

そのリスクとして踊り続けることになる。。。

 

社会の常識として

良い大学に入って、良い会社に就職して

結婚して、家をローンで購入して

子供は2人くらいいて

老後は一体どうなの。。。。。

 

なんてレールに乗せられたら最後

踊り続けなくてはなりません。

毎日、定年まで満員電車に揺られ

給料は家庭のために

身を粉にして働くという赤い靴を履いて

重い、重い足枷です。

 

お願いだから、足を切断して頂戴!

そう頼んでも、なかなか切り落としてくれる

首切り罪人はいません。

リストラや会社がつぶれたとかですかね。

これこそ、大変な罪だ!

 

 

「常識とうまくつきあう」

 

 

教会の礼拝には黒い靴、

学歴が高い方が良い。

 

常識は大多数の人にとってこうしたほうが多分よいであろうという

道しるべであります。

 

教会に黒い靴は神様に対して失礼のないように。

ところ変われば、色とりどりの神もいます。

 

その時代、場所、人種、皆常識は違いますね。

 

 

カーレンは踊り疲れ、両足首を切断されました。

その時代ならではの常識に当てはめられたら

重い罪となります。

物語の中で罰せられたのですね。

 

 

赤い靴の見えない主張

切断されても両足首だけは踊っている。。

自分は自分の道を行く!

 

そんな気もします。

 

社会の一員として

常識に乗ってって生きていく方が楽です。

 

あえて、赤い靴は我が道を行くために

切り離されて行くことを選択したんですね。

遠い旅路ですね。

 

その後の話では

カーレンは懺悔の祈りと、慈善活動をして過ごし

靴はずっと踊ってる

当てもなく。。。

 

 

「踊り疲れないで ころばないで 生きる術」

 

 

自分の道は自分で選択するしかないのです。

罪とは、一体なんだか考えてしまいますね。

 

まとめ

  • 自分をもって行動。

  • 目先の欲望に流されない。

  • 常識にも疑問を持つ。

  • 空気を読みながら、周りとの折り合いをつける。

  • 現代の足枷も簡単に脱ぐことはできない。

  • 1匹狼か、集団で生きるかの違い。選ぶのはあなたです。

  • ぎりぎりまで我慢すると命に係わる可能性もある。

 

赤い靴の話の強引な解釈でした。

今を生きる我々には

常識がすべての社会には戻れないし

自分勝手に踊り狂ってもいられませんね。

 

自分の意思を貫く自信と責任があったら

靴に意志を取られるようなことはないはずです。

他人に踊らされる人生だけはやめましょうね!

 

 

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